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■中朝国境でちびりそう

北朝鮮ページ開設記念として中朝国境での思い出話をひとつ。

1990年冬、私は長吉線の勝利型を撮り終え次の目的地図們市に向かった。図們では牡丹江に伸びる牡図線にある新興のループ線を撮る目的だった。泊まっている豆満江沿いのホテルからやたら汽笛が聞こえる。引き込み線でもあるのかと外に出て探してみてもなにも見つからない。それは川向こうから聞こえてくるのだった。

「川向こう」それは北朝鮮である。翌日予定を変更して豆満江沿いを車で走ることにした。私は地図上では北朝鮮の鉄路が豆満江沿いを走ることや中朝国交の鉄橋があることは知っていた。が、ガイド嬢には黙っていた。まず北側から渡ってくる列車はあるかと鉄橋脇の詰め所でさりげなくきいてもらう。するともう南陽からはもう列車が渡って来たという。すぐに折返し戻って来るというので車を川沿いに止め、何気なく観光しているかのように見せかけ列車を待った。


北朝鮮 南陽に戻るミカイ

踏み切りが閉まり汽笛が聞こえる。北の蒸機が見られる。車の影に隠れそっとカメラを向ける。踏切り番には見えないように気をつかう。そ、それは初めて見るデフ付きミカイが15〜6両の貨物を引いてバック運転で渡って行った。感動と驚きで身体か震えた。ミカイを運転する北の機関士には私たちの撮影しているのがわかったのか何か文句を言っているのが確認できた。

公安に見つかってフィルムを没収されることを考え私はそのフィルムはまだ数枚残っていたが巻き戻し車のシート中に隠した。いつでもダミーを渡せるようにと細工もした。この場を去り、豆満江沿いを走る。暫く行くと北側の線路が目の前に見えててきた。同行のガイド嬢も不思議な顔をしながらも私のリクエストを聞いてくれた。私たちは豆満江を挟んで北朝鮮の鉄道が目と鼻の前まで見える場所で降ろしてもらった。ガイドと車は1.5キロ先の木陰で待っていてもらい、ガイド嬢には列車が来たら教えて下さいとトランシーバーを渡した。

すると1時間もしないうちに南陽を出発した列車がやってきた。ガイド嬢から無線で「列車が来ます、都築さんの方向に向かってます。しかしこれは中国の汽車ではありません。朝鮮の汽車です」と何度も無線で言っている。私はもう緊張感で無線の対応どころではない。300ミリの望遠で狙うが手が震えている。素晴らしい編成とデフ無しミカイがファインダーに飛び込んで来た。通過後、私はただぼう然とするだけだった。

午後も同じ場所で撮影に成功したが夕方、巡回中の公安にとうとう見つかった。ここでの撮影を止められ事情聴取。ガイド嬢は必死に「中国の鉄道で北とは知りませんでした」としらを切って対応している。

夜、ホテルにフィルムを返しに先程の公安が来た。「向こうは北朝鮮の鉄道だから刺激しないように」と注意で済んだ。今考えれば私の行動もスパイ行為、よく中国側に拘束されなかったと思うと背筋がぞ〜とした。

「明日からは中国の鉄道を撮って下さい」とガイド嬢が私に言った。私もこれ以上の危険な撮影はやりたくないと翌日からは牡図線の撮影をした。その夜はあの緊張感とベストショットをものにできた嬉しさでなかなか眠れなかった。

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